インタビュイー:成田美夏(なりた・みか)さん
社会医療法人三宝会・社会福祉法人健成会・NPO法人トロワ・アルブルの法人本部三宝会総合支援センター係長。沖縄出身。リゾートホテル業界で従事した後、大阪に移住し同医療法人に入職。明るく実直なキャラクターを生かして、営業だけでなく、広報活動にも広く携わる。今回は寿楽温泉の復活のいきさつや運営について、またこれからの地域に向けたさまざまなアップデートと情報発信についてお話ししてくれました。

取り壊し寸前からの復活

-----1963(昭和38)年に創業した老舗の寿楽温泉を、社会医療法人である三宝会(以下三宝会)が運営されるようになったいきさつについてお聞かせください。

きっかけはコロナ禍の2021年に遡ります。長く北一本通り商店街のシンボル的な存在であった寿楽温泉の取り壊しが決まり、前オーナーの方や業者さんが解体の打ち合わせをしているところに偶然犬の散歩で通りかかったのが、私たち三宝会の理事長である三木康彰だったんです。

全国的に銭湯の廃業が増えていますが、この地域でも以前近くにあった銭湯が立て続けになくなり、この地域の出身である三木は、銭湯が大好きということもあり心を痛めていました。そんな折に寿楽温泉までが町から姿を消してしまうことを耳にし、解体に待ったをかけて三宝会で運営することにしたのです。

周辺の下町風情にしっくり馴染む外観。のれんをくぐれば「これぞ昭和の銭湯」という空間が広がります。

-----すごい偶然ですね。

前オーナー様も、家業として受け継いだ銭湯をなるべく残したいという気持ちはおありだったようです。しかし、その時点で創業から60年以上経っており、設備もかなり老朽化が進んでいました。修復するには大きな資金がかかるといわれ、泣く泣く手放しかかっていたところに、私たちがその意志を引き継がせていただくことになりました。

-----中を一通り見させていただきましたが、レトロな雰囲気が残されていますね。

事業を継承するにあたっては、全面的なリノベーションはせず、昔ながらの雰囲気を極力残しました。一方で湯舟のタイルの貼り替えや、水を通さなくなった配管の交換など、目に見えにくいところの修繕にはお金をかけています。

また、それまでは重油を燃料に使っていましたが、私たちは近隣の木材の一大集散地、平林から廃棄される木材を譲り受け、薪にしてお湯を沸かしています。この方がガスを使うよりもお湯の質が柔らかくなり、さらに水を軟水に変えるシステムも導入していますから、美容に良いお湯を楽しんでいただけます。また、「地域のもの(廃材)を使いたい」というのは理事長の考えであり、環境負荷の低減にも貢献できると考えています。

-----他にもジェットバスや電気風呂もあるのでじっくり疲れを癒せますし、館内や休憩スペース、お庭もどこか懐かしい雰囲気があってゆったりすごせますね。

ありがとうございます。普段は地域の利用客が多いのですが、インスタグラムなどをみて東京など遠方から来られる人もいます。周辺に民泊施設もあるので、海外からのお客様も見かけることがあるんですよ。

医療と銭湯の掛け合わせ

-----銭湯の2階にも大きな和室スペースがありますね。

もとは前オーナー様ご夫婦の住居スペースだったところを、休憩室として使っています。普段は座布団やテーブルを置いて湯上りにドリンクで涼をとったり、思い思いに過ごしていただけますが、週に数回はこのスペースを利用したイベントも行っています。

たとえば「訪問看護師による健康相談室」では、三宝会所属の看護師が入浴後のお客様の血圧を測ったり、身体や心について気がかりなこと、在宅医療の不安などを気軽に相談していただけます。

「アロマトリートメント」も三宝会所属のアロマセラピストが担当しており、お好みの箇所に施術をさせていただいています。

-----スーパー銭湯もさまざまなサービスを展開していますが、お風呂上りに看護師の方に健康相談ができたり、アロマセラピストによるトリートメントが受けられるというのは全国的にも珍しい事例だと思います。医療法人が経営しているからこそですよね。

はい。銭湯という場所は一つの地域資源でもありますから、私たちができることを通して銭湯をより身近に感じていただけたなら、何よりですね。

レンタルスペースとしての活用

-----三宝会が運営するものだけでなく、2階スペースを利用して地域の事業者や住民向けのレンタルスペース事業やイベント事業も行われていますね。

銭湯の近隣の方が「ここでやってみたい」とヨガ教室を開催されたり、歌手や落語家さんが公演をされたり、あとは銭湯について歌われている方がコンサート会場として利用されたこともあります。基本的にこの空間を気に入ってくれて、何かをしたいという提案をお受けした場合は、なるべく実現するようにしています。

さらに、私たちも地域の小学生向けに夏休みのお仕事体験を開催しており、接客やお風呂の掃除、薪を使った湯沸かしも体験してもらっています。

-----寿楽温泉という場が地域に残ったことで、実に色々な人が集まり、空間をシェアしているんですね。

中でも個人的なおすすめイベントは、寿楽温泉のオープン以来継続している「湯上りワインガーデン」です。毎回地域の酒屋さんや飲食店が参加して、おいしいワインや食事が堪能できる上に、不定期でクラリネット奏者や歌手の方が来られた際には、音楽も楽しめます。私もお客様とご一緒したことがありますが「本当に素敵な空間だな」と思いますね。

「まちづくり」への思い

-----そうした多様なイベント展開や地域とのつながりづくりは、銭湯の集客策という枠に収まらない印象です。

私たち三宝会は社会医療法人でありながら、「まちをつくっていきたい」という思いをもっています。人々が病院に通うことなく、いつまでも健康でい続けることほど素晴らしいことありませんが、私たち医療機関の運営は、患者様の存在なくして成り立ちません。だからこそ私たちは、医療機関のある地域の魅力を高めることで人が集まり、そうした人たちに困りごとが生じた際に「三宝会に相談しよう」と思っていただける存在になることが大切であると考えています。

-----なるほど。そうした魅力的な街づくりの一環であり、地域住民との接点が寿楽温泉なんですね。

はい。私たちはもともと20年以上前から区の運動会に参加するなど、地域とのつながりを持ち続けてきた歴史があり、さらに2022年秋には「健診・人間ドッグ」「フィットネス」「アロマトリートメント」といった複合的なサービスを提供する健康増進施設「ウェルネスラボ北加賀屋」もオープンさせました。寿楽温泉はその次のステップにあたるんです。

-----魅力ある街に暮らし、その中での暮らしや健康上の悩み・課題に寄り添う医療機関というイメージでしょうか。

そうですね。医療機関にも棲み分けがあり、高度専門医療で人々の命を救うことに特化した病院もあれば、私たちのように「まちの病院」として地域住民の困りごとに手を差し伸べる病院もあります。

ですから、三宝会で働く医師や職員も、優しさをもってケアができる人材が多く、特に認知症ケアにおいては強い思いをもっています。

従来は転倒防止などを理由に、症状によっては身体拘束を厭わないのが日本の認知症ケアの現実ですが、私たちは人の尊厳を最後まで大事にするため、そうした処置を良しとしません。

それよりも、例えば「見る」「話す」「触れる」「立つ」を軸とする「ユマニチュード」というケアを導入するなど、患者様の心がよりおだやかになり、ケアを施すスタッフも疲弊することなく安心して患者様に向き合えるアプローチを大切にしています。

ユニークな事業の情報発信を可能にするデザインの力

-----廃業寸前の銭湯が復活したというドラマ性があることや、医療機関が運営母体になっていることで、たくさんのメディアにも取り上げられていますね。

すごくありがたいことだと思っています。広報については、私たち法人本部の三宝会支援センターという部署で、法人全体、並びに寿楽温泉の広報活動も行っています。インハウスのデザイナーやコピーライターも関わっており、企画なども全て自前で企画し、手作りで運営しているんです。

-----医療法人にデザイナーやコピーライターも所属しているというのはとても驚きました。

「他と同じことをしてもつまらない」というのが理事長の考えですから、確かに病院らしくない組織かもしれませんね。

寿楽温泉のPOP類やチラシ、SNS運営などは、20代前半の若手デザイナーが担当してくれています。私はよりきれいで新しいものが良いという価値観の中で育った世代ですが、この10年で古いモノの良さを認め、大切にする価値観が若い世代を中心に広まってきたと感じています。純喫茶巡りブームもその一環ですよね。

-----そうした感覚をもったデザイナーが身近にいるのは、ブランディングという点でも心強いですね。確かに、寿楽温泉のアートワークを見ていると、昭和レトロの雰囲気の中にも、どこか新しい視点が織り込まれているように感じます。

はい。三宝会は地域の中で色々な事業にチャレンジしていますが、それを実現するには「発信」が必要であり、「発信」には「デザイン」が不可欠です。若手デザイナーだけでなく、その上司や営業、相談員も含め、そうした要点に共感したメンバーが集まり、まちをつくるというビジョンを形にするために必要なチームが、徐々に育ってきていると感じます。

-----成田さん自身は、医療機関に勤めながら、銭湯を含むまちづくりに携わることに抵抗などはなかったのでしょうか?

入職してずっと医療や介護の勉強をしていましたから、「銭湯」と聞いたときは「おっ」と思う部分もありました(笑)。私もリゾート業界で働いていたので、人を楽しませるという点では、違和感はなかったと思います。

また「まちをつくる」というと大げさに聞こえるかもしれませんが、「小さなことから、地域の人たちとのつながりをつくること」がその起点になると思えば、できることはたくさんあると思います。

地域と足並みを揃えながら、より持続可能な事業に育てたい

-----2024年7月には、飲食事業として「めばえキッチン」もオープンしました。

「カラダにいいとおいしいをひとつに」をコンセプトにしたレストランで、住吉公園に新設された「汐かけ横丁」内に出店します。準備期間には私も厨房に入って、調理に追われていました(笑)

-----そうした皆さんの尽力もあり、三宝会の「まちづくり」への思いが、徐々に地域に広がっていますね。寿楽温泉については、今後どのように運営されていくでしょうか?

私たちがガスや重油ではなく薪を使ったり、ある程度人手も投入しているのは、寿楽温泉を地域の魅力につなげたいという思いがあるからです。ですからまずは銭湯という営業を続けていくこと、守り続けることが目標です。

今後は集客力を強めることが課題になると思います。幸いこの建物は純日本風で、2025年には大阪・関西万博が開催されますから、海外からくるお客様にも楽しんでもらえることをしていこうと思います。

その結果として新しいお客様が増えれば、地域のお客様との温度差が出てくるかもしれません。そのあたりはうまくバランスをとる必要があります。決して独りよがりにならず、地域の人たちと足並みを揃えながら、寿楽温泉をもっともっと盛り上げていきたいと思います。

地域をつなぎ、銭湯を通した地域創生を目指す寿楽温泉

地域の銭湯という空間をうまく活用し、健康相談からアロマトリートメント、食・音楽に関するイベント、レンタルスペース事業や子ども向けのお仕事体験まで、幅広い企画を展開する寿楽温泉。

今後もさまざまな人たちが集まり、関わり合いながら、地域を活気づけていくことが期待されます。その復活劇からは、人口減少時代の地域社会を明るくする一つのヒントを読み取ることができました。

「寿楽温泉の集客を高めるために、良いアイデアはありますか?」。取材後に私たち取材陣に意見を求める成田さんの真摯な姿勢からも、このチャレンジの先に明るい未来があることを期待せずにいられません。

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